
【最終更新日:2019年6月18日】
はじめに
2017年5月26日付で、120年ぶりに民法が改正されました。
民法の中でも、主に契約に関する部分の改正が行われたのですが、特に、システム開発の分野への影響が多いとされています。
契約実務に携わるIT企業・法務担当者としては、改正内容を正確に把握する必要があるのに、日々の業務に追われて後回しにしてしまっている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そこで今回は、①2017年民法改正が、システム開発に与える影響と、②その民法改正の内容を踏まえて、実際のシステム開発の現場ではどのように対処すべきなのか、といったポイントをITに詳しい弁護士が解説していきます。
目次
1 2017年民法改正の概要
(1)民法改正とは
さて、2017年5月26日付けで、120年ぶりの「民法」という法律の改正が行われました。
「民法」とは、個人や企業との契約関係や、相続・離婚といった人々の暮らしに関する基本的なルールが書かれた法律をいいます。
全部で1044条もあり、読むのが嫌になるくらい分量が多いのが特徴的です。
だいぶ肉厚な民法ですが、ザックリ分けると、内容としては、
- 債権法(契約に関すること)
- 親族法(相続・離婚)
の2つに分けることができます。
今回の民法改正では、数ある条文のうち、主に債権法(=契約)に関する規定が改正されたことから、「債権法改正」とも呼ばれています。
そして、契約まわりの改正ですから、当然、IT業界での契約、とくに、システム開発契約にも大きな影響を与えています。
(2)システム開発にまつわる改正
近時、AI開発が人気で盛んに行われていますが、ここでいう「システム開発」とはAI開発ではなく、以下のような従来型のシステム開発のことをいいます。
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【従来型のシステム開発】
- 開発をベンダに依頼
- 開発するシステムに求められる機能などを要件定義としてまとめる
- 要件定義に従ってシステム全体の構成を具体的に設計
- 内部設計としてシステムの個別の構成を設計
- 単体・結合テストの実施
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このような従来型のシステム開発について2017年民法改正が与える影響の概要としては、契約タイプ別に請負契約、準委任契約の順にみてみると、以下のとおりです。
ポイント①:【請負】瑕疵担保責任の改正
- 「瑕疵」から「契約不適合」という呼び方に変更
- 代金減額請求が可能になった
- 責任追及の期間が長くなった
- 修補請求が認められにくくなった
ポイント②:【請負】プロジェクトがとん挫した場合でも報酬請求が可能になった
ポイント③:【準委任】成果完成型の準委任契約が認められた
次の項目から詳しくみていきましょう。
2 システム開発の法的性質~請負・準委任契約~
システム開発の現場でよく利用される契約形態は、「請負契約」か「準委任契約」です。
今回の2017年民法改正では、上の2つの契約タイプごとに、さまざまな規定が改正されています。
そのため、まずは、「請負契約」・「準委任契約」とはどういった契約なのか、その内容を解説します。
①請負契約とは
「請負契約」とは、クライアントの指揮命令を受けることなく、ベンダ側の裁量で仕事を遂行し、システムなどの成果物を完成させる義務を負う契約をいいます。
システム開発の現場では、例えば、内部設計、製造、単体・結合テストなどについては、通常、「請負契約」の形態で契約を交わされます。
請負契約の準委任契約との比較でポイントとなるのは、「仕事を完成」させることが義務付けられている点です。
その結果、ベンダ側は、システムを作り上げて、クライアントに納品(=仕事を完成)しない限り、原則として報酬はもらえません。
※仕事を完成させなくても報酬がもらえる例外については、項目「4」を参照ください。
②準委任契約とは
「準委任契約」とは、委託者(クライアント)が、一定の行為・事務をすることを受託者(ベンダ)に委託する契約のことをいいます。
IT業界でよく利用されるSES契約における派遣先会社との間の契約も、この準委任契約となります。
準委任契約のケースでは、ベンダは、クライアントの「あぁしろ、こうしろ」といった指揮命令に従う必要はなく、ベンダの裁量で、仕事を遂行することができる点がポイントです。
また、SES契約に代表されるとおり、この契約では、「作業時間あたり○○円」といったように、労働時間や工数・時間などによって、対価が決定される点が特徴的です。
依頼された仕事を遂行することそのものが目的であり、変な話、システムを完成させなかったとしても、報酬をもらうことはできます。
③請契約と準委任契約の違い
このように、請負契約と準委任契約の最大の違いは、成果物を完成する義務を負うか否かにあります。
請負契約の場合、ベンダは、システムをきちんと完成させ、バグのないものを納品する義務があります。
納品後、仮にバグが見つかった場合、「バグを修正して!」と請求されたらこれに対応する義務(=瑕疵担保責任)が課されるなど、ベンダの負担が非常に重い契約です。
他方で、SES契約をはじめとした「準委任契約」の場合、ベンダは、成果物を完成して納品する義務までは負いません。
プロとして求められるクオリティの仕事をしてさえいれば、成果物が完成しなくても、原則として責任は問われません。
3 ポイント①~瑕疵担保責任の改正~
さて、以上を踏まえて、2017年民法改正のポイントをみていきましょう。
1つ目のポイントは、請負契約にまつわる「瑕疵担保責任」の規定が改正されたことです。
(1)「瑕疵」から「契約不適合」という名称に変更
改正前:「瑕疵」
改正後:「目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない」(契約不適合)
改正前には、ベンダがクライアントに納品したシステムに不具合がある場合に、ベンダ側が負う義務として、「瑕疵担保責任」という条文がありました。
「瑕疵」とは、依頼したシステムにバグがある場合を意味します。
そして、「瑕疵担保責任」とは、納品されたシステムにバグがあった場合に、クライアントの方から、ベンダに対して、システム開発契約を解除したり、損害賠償請求ができることをいいます。
2017年民法改正では、この瑕疵担保責任における「瑕疵」という言葉を削除し、「目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない」(=「契約不適合」)という言葉に変更しました。
変更といっても、言葉が「瑕疵」から「契約不適合」という言葉にかわっただけで、その内容は、ほとんど変わりはありません。
(2)代金減額請求が可能になった
改正前:修補請求+解除+損害賠償請求
改正後: 修補請求+解除+損害賠償請求+代金減額請求
2017年改正前は、瑕疵担保責任の内容として、①修補請求、②解除、③損害賠償請求ができるだけでした。
しかし、2017年民法改正により、瑕疵担保責任の内容として、①修補請求、②解除、③損害賠償請求に加えて、④代金の減額請求ができるようになりました。
システム開発の契約を例にとると、ベンダが納品したシステムにバグが多いなど、「契約不適合」(=瑕疵)が認められた場合には、クライアントは、バグの内容・程度に応じて、ベンダに支払う代金の減額を請求できるように改正されたわけです。
(3)責任追及の期間が長くなった
改正前:「引渡された時 or 仕事完成時」から1年以内
改正後:「知った時」から1年以内(ただし、引渡し時から最大5年以内の上限あり。)
瑕疵担保責任は、先ほど説明したとおり、①修補請求、②解除、③損害賠償請求、④代金減額請求の4つの権利が束になったものですが、この権利を行使できる期限には、制限があります。
2017年改正前は、瑕疵担保責任の追及ができる期間は、システムが「引渡された時」(システム等の納品がいらないケースでは、「 仕事完成時」)から1年以内という期間制限がされていました。
しかし、2017年改正後は、契約不適合(=瑕疵)を「知った時」から1年以内という形に変わり、責任追及ができる期間が延び、クライアント側に有利な改正がされました。
改正の経緯としては、ベンダからシステムを引き渡されたとしても、システムのバグにすぐに気付くとは限りません。
そのため、引渡しを受けた時点を起算点とするのは、クライアントに酷です。
他方で、バグがあったことを知ったのでれば、瑕疵の修補を請求するなり、解除するなりできるわけですから、期間を制限するのは不合理ではありません。
そこで、責任追及ができる期間の起算点を、システムの契約不適合(=瑕疵)の事実を「知った時」から1年以内という形に改正したわけです。
もっとも、ベンダからみると、「知った」「知らない」というあいまいな基準で、いつまでも責任追及されるリスクを抱えるのは不安です。
そのため、「知った時から1年以内」というルールに加えて、責任追及ができる期間にキャップを設け、「引渡しから最大5年以内」に責任追及しない限り、たとえ「知ってから1年以内」であっても、請求できなくなるという制限が、合わせてつけられました。
その結果、クライアントとしては、システムが納品されてから5年以内であれば、バグを知った時から1年間は、無償で、バグの修正や損害賠償請求ができることになります。
反対に、たとえ、バグを知ったときから1年以内であっても、システムが納品されたときから5年が経過しているケースでは、瑕疵担保責任の追及はできません。
(4)修補請求に制限がつけられたこと
改正前:瑕疵が重要な場合には、過分な費用がかかる場合でも、修補請求ができた
改正後:瑕疵が重要であろうとなかろうと、過分な費用がかかる場合には、修補請求ができない
納品されたシステムにバグがある場合、クライアントは、瑕疵担保責任の一つである、「修補請求」ができます。
しかし、一口にバグ(瑕疵)といっても、軽微なものから、重大なものまでバリエーションがあります。
この点、改正前の法律では、バグ(瑕疵)の重要度に応じて、修補請求ができるケースと、できないケースに場合分けをしていました。
①瑕疵が軽微:修補するのにそこまで費用がかからない限りOK
②瑕疵が重大:無条件でOK(修補費がたくさんかかってもよい。)
しかし、改正前の「瑕疵が重大なケースなら、たとえ、修補費用がたくさんかかる(=過分な費用がかかる)場合でも、修補請求ができる(【改正前】②のケース)」
というのは、ベンダ側に酷ではないか?という議論もありました。
そもそも、修補費用が極端にかかるケースでは、修補ではなく、損害賠償なり解除の選択肢をとらせるのが合理的ともいえます。
そこで、2017年民法改正により、瑕疵の重要度に関係なく、修補に過分な費用がかかるケースでは、クライアントはベンダに対して、システムの修補請求ができない、という形に改正されました。
これによって、改正前に比べて、ベンダの負担は軽くなったといえます。
4 ポイント②~プロジェクトがとん挫した場合の報酬請求~
改正前:システムを完成させない限り、報酬請求ができない
改正後:システムを完成させてなくても、作成した未完成部分だけでもクライアントにとって価値がある場合には、作成した割合に応じて、報酬が請求できる
請負契約では、システムを完成してはじめて、ベンダは、クライアントに報酬を請求できます。
改正前の法律にも、そのように書かれていました。
しかし、2017年民法改正により、ベンダが途中まで作成したシステム作成したケースで、その未完成のシステムであっても、クライアントにとって価値がある場合には、作成した割合に応じて、報酬が請求できる、という形に改正されました。
例えば、ベンダが1,000万円のシステム開発に着手し、60%まで作成した時点で、クライアントともめ、クライアントが契約を解除して、違う業者に依頼したといたケースでは、ベンダは、600万円(1,000万×60%)分の報酬が請求できます。
もっとも、報酬が「請求」できることと、クライアントが「支払ってくれる」かどうかは別問題です。
この種のケースでは、クライアントと遺恨を残してることが想定されるため、ベンダがクライアントに報酬を請求しても、支払ってくれないことも十分想定されます。
そのため、今回の改正は、必ずしもベンダに有利な改正とまではいえないことに注意が必要です。
5 ポイント③~成果完成型の準委任契約が認められた~
改正前:履行割合型の準委任契約のみ認められていた
改正後:履行割合型+成果報酬型の準委任契約が認められた
先ほど、準委任契約の場合には、「仕事の完成」が義務ではなく、そのため、システムを完成して納品でなきなかったとしても、ベンダは、報酬を請求できると説明しました。
しかし、2017年民法改正によって、準委任契約でも、「仕事が完成」して初めて、報酬が請求できるタイプの準委任契約が導入されました。
その結果、準委任契約には、以下の2つのタイプが存在することになります。
(1)履行割合型
「履行割合型」とは、これまで利用されていた契約で、提供した労働時間や工数をもとに報酬を支払うタイプの準委任契約です。
このタイプの準委任契約は、プロジェクトが長期間にわたり、時間単位で報酬を算定した方が合理的なケースで利用されることが多いです。
例えば、いわゆるSES契約では、この履行割合型の準委任契約がよく利用されています。
このタイプでは、従来どおり、システムを完成(=仕事が完成)させたか否かに関係なく、クライアントに報酬が請求できます。
(2)成果完成型
「成果完成型」とは、2017年改正で導入されたタイプの契約で、システムを完成(=仕事を完成)して初めて、クライアントに報酬を請求できるタイプの準委任契約です。
報酬を請求するための条件として、仕事の完成が必要な点において、請負契約と似ています。
システム開発契約を、成果完成型の準委任契約にしたい場合には、契約書の中に、「システムを完成させた時点で報酬を支払う」ことを明記する必要があります。
もっとも、成果完成型の準委任契約についても、受任者に「仕事の完成」が義務付けられるわけではなく、受任者は成功するように善管注意義務を果たせば債務を履行したことになり、結果として成功しなかったとしても、債務不履行責任を負うわけではありません。
仕事の完成が義務にまではならない点で、請負契約とは違います。
この点を誤解して、「仕事の完成が義務となる」旨の説明をしているコンテンツが多数存在しますが、いずれも誤りですので、注意しましょう。
※情報のソース:「民法(債権関係)の改正に関する論点の検討(18)(69~73頁参照。)」
6 契約によって自由に変更できること
さて、これまで2017年民法改正がシステム開発契約に与える影響を解説してきましたが、最後に一つ大事なポイントがあります。
それは、改正された点は、いずれも、当時者の契約によって自由に変更できる(=無視してよい)ということです。
言い換えると、今回の2017年民法改正を無視して、契約書には改正とは違った内容を記載した場合、その契約書の内容が優先されるのです。
例えば、改正後の法律では、クライアントがベンダに瑕疵担保責任を追及できる期間について、「バグ(瑕疵)を知ったときから、1年間」となりました。
しかし、契約書に、改正前のルールのように、システムの「引渡しを受けてから1年」という様に記載すれば、この契約書の内容が優先します。
このように、2017年民法改正で導入された各制度は、あくまでも、当事者が契約書に書かなかった場合にはじめて、適用されるにすぎず、契約書に書かれた内容が優先するのです。
そのため、2017年民法改正後には、これまで以上に、契約書に何を、どのように定めるのかが重要になったといえます。
7 小括
これまでみたきたように、2017年民法改正でいくつかのポイントが改正されましたが、システム開発の現場に大きな影響を与えるのは、【ポイント①-3】の瑕疵担保責任の追及期間が延びた点と思われます。
ベンダとしては、契約書にキチンと責任追及の期間を制限する規定を欠いておかないと、クライアントが瑕疵の存在に気付かない限り、最大で5年間も、瑕疵担保責任を追及されるリスクを負担することになるからです。
そのため、ベンダとしては、今回の改正の内容を踏まえて、システム開発の契約書には、自社に有利になるように、瑕疵担保責任の期間を短くするなどの条項をきっちり書いておくことが求められます。
8 民法改正のスケジュール
最後に、2017年民法改正のいつから、施行されるのでしょうか?
結論からいうと、2020年4月1日には、改正民法が施行されます。
反対にいえば、それまでは、改正民法ではなく、従来どおり、改正前の民法のルールが適用されます。
まず、法律が改正されて、その効果が生じる(=施行される)までのスケジュール・流れとしては、一般に、以下の経過をたどります。
↓
②国会への提出
↓
③国会での審議・可決(=法律の成立)
↓
④法律の公布
↓
⑤法律の施行
この点、法律は、「成立」するだけでは、国民には適用されません。
「公布」の手続により、国民に改正内容を周知し、「施行」されて初めて、確定したルールとしての効果が生じ、国民の間に適用されます。
つまり、法律の効果が生じるためには、成立するだけでは足りず、「施行」の手続きまで経る必要があるのです。
今回の民法改正についてみると、改正民法は、2017年5月26日付で、国会で審議・可決されたため、2017年5月26日に法律として「成立」しました。
その後、2017年6月2日付で「公布」され、2020年4月1日に「施行」される予定です。
※参考までに、2017年民法改正についての新旧対照表を載せておくので確認してみてください。⇒「
9 まとめ
- 民法改正は、主に「債権法(=契約)」分野で大きく改正されているため、「債権法改正」とも呼ばれ、システム開発契約に大きな影響を与えた
- システム開発契約への影響は、請負・準委任契約のそれぞれについて考えること
- 民法改正がシステム開発に与える影響のポイントは、3つある
- ポイント①:【請負】瑕疵担保責任の改正
- ポイント②:【請負】プロジェクトがとん挫した場合でも報酬請求が可能に
- ポイント③:【準委任】成果完成型の準委任契約が認められた
- ポイント①~③の改正点は、ベンダ・クライアント間の契約書によって、自由に変更できる
- そのため、改正民法によって規律される場面は、契約書に改正された部分の記載がないケースに限られる