
はじめに
自分の会社に新たにAIを導入して人件費をカットしたいけど、これまで働いていた従業員はいきなりクビにしていいの?解雇にもルールがあるの?など、悩んでいる方は多いのではないでしょうか。
この点、企業が従業員を解雇するのはそう簡単なことではありません。従業員を「辞めさせる」ことは、「雇う」こととは比べ物にならないほど難しいのです。
このことをなんとなくは知っていても、解雇のやり方や要件などをきちんと理解できている方は意外と少ないのが現状です。ですが、「従業員の解雇問題」をクリアできないのであれば、企業としてもAIを導入するメリットはありませんよね。
そこで今回は、AI導入により人件費を削減したい企業の方へ向けて、①解雇とは何か、②解雇が認められるための要件は何か、③AI導入に伴う解雇は認められるのか、について、分かりやすく解説していきたいと思います。
目次
1 AIの導入に伴う問題点
「AI」とは、「Artificial Intelligence」の略で、人工的に作られた人間のような知能(人工知能)のことをいいます。
現時点ではまだ、「人間と同じように自ら考えるAI」は実現できていませんが、技術の進歩によって、
- 音声認識や画像認識などの「識別能力」
- 数値予測やマッチングなどの「予測能力」
- 表現をしたりデザインをする「実行能力」
などの能力は実用レベルに達しています。
AIのこのような能力を生かし、自動株取引やコールセンターでの自動対応、ホテルの受付ロボットや製造・物流工程での自動・高速化など、今までは人間が直接対応しなければならなかった分野での活用が進んでいます。
これにより、企業は人件費を大幅にカットすることができ、浮いた資金を新たな研究・開発費や事業の展開に活用することができます。
一方で、AIの進出は、これまで働いていた人たちの仕事を奪ってしまう可能性もあります。企業は、AIを導入することによって不要になった従業員を解雇したいと考えるからです。
ここで問題となるのが、「企業はいつでも自由に従業員を解雇できるのか?」という点です。これまで真面目に働いてきた従業員からすれば、自分に非がないのにある日突然解雇を言い渡されたらたまったものじゃありませんよね。
そこで以下では、「AIの導入に伴う従業員の解雇が法律上有効なのかどうか」を検討していきます。
2 解雇とは
「解雇」とは、使用者(企業)が労働者(従業員)を一方的に辞めさせる(クビにする)ことをいいます。
従業員の承諾があるかないかは関係ありません。この点が、使用者と労働者の合意によって労働契約を終了させる場合や、自主退職や辞職などの、労働者の意思によって退職をする場合とは違います。
使用者が労働者を解雇する場合、かなり厳しいハードルを越えなければなりません。なぜなら、解雇を言い渡された従業員は仕事を失うことになり、この先の生活がままならなくなる可能性があるからです。
そのため、合理的な理由もないのに企業が解雇権をむやみに行使した場合は、不当な解雇(解雇権の濫用)として、違法になってしまいます。
3 AIの導入による解雇
解雇の種類は、従業員を辞めさせる理由によって以下の3つに分けられます。
- 懲戒解雇
- 整理解雇
- 普通解雇
AIの導入に伴い行われる解雇は、通常、「2.整理解雇」にあたります。
次の項目で、整理解雇の具体的な内容をみていきましょう。
4 整理解雇とは
(1)整理解雇の定義
「整理解雇」とは、会社の経営が苦しくなった場合に、人員整理のために行う解雇のことをいいます。要するにリストラです。
会社の都合で非のない従業員を一方的に辞めさせることなので、整理解雇が認められるには、他の解雇の場合より厳しい要件をみたす必要があります。
(2)整理解雇の4要件
整理解雇をするには、以下の4つの要件をみたす必要があります。
- 人員整理の必要性があること
- 解雇回避努力義務を尽くしていること
- 解雇する従業員の選定に合理性があること
- 解雇の手続きに妥当性があること
これら4つの要件をみたさない解雇は、不当な解雇(解雇権の濫用)にあたり、違法と判断されます。
以下で各要件の詳細をみていきましょう。
①人員整理の必要性があること
これは、会社の経営がとても厳しい状態で、どうしても人員を減らさなければならない理由があることをいいます。
この場合の「会社の経営がとても厳しい状態」とは、必ずしも「人員整理をしなければ倒産してしまうレベル」である必要はありません。企業を合理的に運営していく上で人員整理が必要なのであればそれで十分だという見方もあり、明確な基準はまだありません。その企業の経営状態や景気の状態を総合的にみて、人員整理の必要性があるかどうかを判断します。
裁判例では、例えば経営が赤字の場合は、「人員削減が必要だ」という企業の判断を尊重する傾向があります。一方、経営が黒字の場合には、人員削減は配置転換や出向、希望退職者の募集などで実現するべきである、という傾向があります。
②解雇回避努力義務を尽くしていること
これは、人員削減の手段として、解雇以外の他の手段をとったかどうかをいいます。労働者にとって解雇は生活の糧を失うことであり、その影響は計り知れません。そのため使用者は、解雇を回避するため、労働者に対して影響の少ない他の方法をとる努力をしなければいけません。
解雇回避の方法には以下のようなものがあります。
- 時間外労働の禁止
- 他部門への配置転換
- 役員報酬の減額
- 希望退職者の募集
- 一時帰休の実施
- 非正規社員の解雇
- 雇用調整助成金の利用
これらの解雇回避方法について検討していない場合には、解雇回避義務が尽されていないと判断される傾向にあります。
ただし、解雇回避努力義務は、企業の規模や経営状況、従業員数などを考慮して個別具体的に判断されます。そのため、上記の全てを必ず検討しなければならないわけではありません。仮に一部しか検討していなかったとしても、その企業の状況に応じた検討がなされているのであれば「解雇回避努力義務は尽されている」と判断されます。
③解雇する従業員の選定に合理性があること
整理解雇する従業員を選ぶときには、合理的な基準を設定したうえで、さらにその基準を公平に運営しなければいけません。要するに、解雇者を選ぶ基準が評価者(使用者)の主観に左右されてはいけないということです。
「合理的な基準」として用いられるものには、以下のようなものがあります。
- 勤務地
- 所属部署
- 担当業務
- 勤務成績
- 会社に対する貢献度
- 年齢
- 家族構成
これらの基準を考慮した上で対象者を選ぶことに、「合理性があること」が求められます。
④解雇の手続きに妥当性があること
①人員整理の必要性があり、②解雇回避義務を尽くしたとしても、それでも解雇をしなければならない状況はあると思います。このとき、③解雇する従業員を合理的に選んだとしても、いきなり「あなたを解雇することにしました」と伝えればその従業員はとても困ってしまいます。
そのため、整理解雇をする場合には、労働組合または従業員に対して①~③の内容をあらかじめ十分に説明しなければいけません。
会社側は、整理解雇について納得してもらえるように努力する必要があり、抜き打ち的に整理解雇をすることは許されません。
以上が、整理解雇が認められるための要件です。
次の項目で、AIの導入に伴う整理解雇が法律上有効なのかどうかを、各要件にあてはめて検討していきます。
5 AIの導入に伴う整理解雇へのあてはめ
先ほど述べたように、整理解雇が認められるためには、以下の4つの要件をみたす必要があります。
- 人員整理の必要性があること
- 解雇回避努力義務を尽くしていること
- 解雇する従業員選定に合理性があること
- 解雇の手続きに妥当性があること
1つづつ確認していきましょう。
(1)人員整理の必要性があること
企業からすれば、AIを導入し、その運営コストを払うだけで、労働者にこれまで払っていた給料をすべてカットできる形になります。その意味で、会社にとってAI導入による人員整理の必要性は高いといえるでしょう。とはいえ、AI導入により大幅なコストカットが実現できるからといって、それがただちに「人員整理の必要性がある」ことにはなりません。あくまでも、その企業の経営状態など、他の要素との兼ね合い人員整理の必要性は判断されるため、結論は個別のケースごとに異なります。
(2)解雇回避努力義務を尽くしていること
AI導入に伴う整理解雇の場合、解雇を回避するための方法の中でも特に「配置転換」がポイントになります。
AIが導入された部署が単純作業を業務内容としていた場合、解雇の対象となる従業員もそれまでやってきた単純作業しかできません。そうすると、他の複雑な作業を行う部署への配置転換は事実上不可能となります。
配置転換のしようがないのであれば、この点については「解雇回避努力義務を尽くしようがない」ことになるため、整理解雇をしたい企業にとっては実質的に有利なファクターとなります。
ただし、解雇回避努力の手段は配置転換だけではないため、他の手段が取られているかなどを総合的に考慮し、解雇回避努力義務が尽くされているか否かが判断されます。
(3)従業員選定の合理性
AIが導入されたとしても、一律にすべての労働者をAIで代替できるわけではありません。そのため、対象となる従業員の能力や業務内容、勤務実績などをしっかりと考慮したうえで、整理解雇対象者を選ぶ必要があります。
(4)手続きの妥当性
整理解雇対象者への説明としては、「AIを導入することで企業としてコストカットが実現できるから」だけでは足りません。
その従業員が整理解雇対象者となった理由、配置転換など他の手段も検討したけれどそれでも解雇の必要性があったことなど、整理解雇について納得してもらえるよう十分な説明をする必要があります。
以上の①~④の要件を総合判断して、整理解雇をする合理性・必要性がとても高く、整理解雇の対象となった従業員への解雇回避努力義務も十分に尽くされていると判断された場合には、AI導入に伴う整理解雇は法律上有効となります。
他方で、解雇回避努力義務が十分に尽くされていないなど、従業員が受ける不利益が大きすぎるという場合には、AI導入の必要性が高い場合であっても、整理解雇は違法になります。
6 小括
企業が従業員をリストラする場合、雇うときとは比べ物にならないほど高いハードルを越えなければなりません。
AIを導入する際にはこの点をきちんと把握し、なるべく人員整理をしないで済むように、AIと従業員の配置調整を上手にすることがポイントです。
7 まとめ
これまでの解説をまとめると以下のとおりです。
- 「AI」とは、「Artificial Intelligence」の略で、人工的に作られた人間のような知能(人工知能)のことをいう
- AIの能力を生かし、今までは人間が直接対応しなければならなかった分野での活用が進んでいる
- 一方で、AIの進出は、いままで働いていた人たちの仕事を奪ってしまう可能性もある
- 「解雇」とは、使用者(企業)が労働者(従業員)を一方的に辞めさせる(クビにする)ことをいう
- AIの導入に伴い行われるよる解雇は「整理解雇」にあたる
- 「整理解雇」とは、会社の経営が苦しくなった場合に、人員整理のために行う解雇のことをいう(リストラ)
- 整理解雇をするには、①人員整理の必要性があること、②解雇回避努力義務を尽くしていること、③解雇する従業員選定に合理性があること、④解雇の手続きに妥当性があること、の4つの要件をみたす必要がある
- ①~④の要件を総合判断して、整理解雇をする合理性・必要性がとても高く、整理解雇の対象となった従業員への解雇回避努力義務も十分に尽くされていると判断された場合には、AI導入に伴う整理解雇は法律上有効となる