はじめに

AI開発を依頼したユーザと開発を依頼されたベンダで秘密保持契約書を締結し検証を行ったところ、どうやらユーザの抱えている問題はAIで解決ができる内容であり、AIを学習させるためのデータも必要な量を集めることができることが分かったとします。

この場合、すぐに多額の費用をかけてAIのソフトウェア開発を始めてもいいのでしょうか?答えはNoです。

経済産業省のガイドラインでは、本格的なAIのソフトウェア開発を始める前に、ワンクッション置いてさらに検証を重ねることを推奨してます。この際、ユーザとベンダは「導入検証契約書」と呼ばれる契約を締結して、検証を行うことになります。

そこで今回は、本格的なAIのソフトウェア開発を始める前に締結すべき導入検証契約書とは何か?どのタイミングで締結すべきか?どのような内容を定めるべきか?といった注意点やポイントをITに詳しい弁護士が解説していきます。

目次

1 導入検証契約書とは

導入検証契約書

導入検証契約書」とは、本格的にAIの開発を進めるか否かを検証することを目的として、AIのソフトウェア開発を部分的に開始する際に締結する契約のことをいいます。

この点、ユーザの問題がAIで解決できる内容なのか、AIを学習させるためのデータを集めることができるのか、といった点に関して、すでにユーザとベンダで検証が終わっている段階で、なぜさらに検証を繰り返さないといけないのか?疑問に思われる事業者もいらっしゃるかもしれません。

経済産業省が本格的なAI開発を行う前に「導入検証契約書」を締結することを推奨しているのは、従来のソフトウェア開発と異なるAI開発の性質やリスクが原因です。

2 AI開発の中でどのような場合に導入検証契約書が必要なのか?

AI開発契約

(1)AI開発とは

AI開発」とは、ユーザの問題解決を実現するためのソフトウェア(「学習済みモデル」)を生成することをいいます。

「学習済みモデル」の生成までの流れは、以下のようになります。

  1. ユーザ:大量の学習用のデータ(「生データ」)を用意する
  2. ベンダ:コンピュータが学習しやすいよう、生データから学習に適さないデータを削除したり、ラベルをつけるなどの加工を行い「学習用データセット」を作る
  3. ベンダ:学習用データセットを「学習用プログラム」をとおしてコンピュータに学習させる
  4. ベンダ:大量のデータからコンピュータに法則を見つけさせる
  5. ベンダ:④の法則を用いて未知のデータに対して結論を推測することができる「学習済みモデル」を生成する

このように、AI開発においては、ユーザが生データを用意することが一般的です。そのため、AI開発は、従来のシステム開発のように「ベンダ」が単独で開発を行うわけではなく、ユーザとベンダの「共同開発」的な性質を持っているといえます。

そして、AI開発は、ユーザが用意したデータの量や質、ベンダの学習用データセットへの加工ノウハウや学習用プログラムなど、様々な要素の影響を受けます。

そのため、AI開発は、実際に開発を始めてみなければ、どのような学習済みモデルができるかわからないというリスクを負わなければいけません。最悪の場合、多額の費用をかけて本格的なAI開発を始めたのに、開発途中でユーザが求めている水準の学習済みモデルを完成させることができないということが分かることもあり得ます。

ユーザとベンダは、このような性質やリスクを踏まえて、AI開発に適した開発方式を選択しなければいけません。

(2)AI開発に適した開発方式とは

経済産業省のガイドラインでは、AI開発に適した開発方式として、「探索的段階型」の開発方式が提唱されています。

探索的段階型」の開発方式とは、開発プロセスを段階に分け、段階ごとに次の段階に進むか否かについてユーザとベンダで確認しながらAI開発を進めていく方式のことをいいます。

このように段階を分けることで、常に開発中止のリスクをはらんでいるAI開発のリスクを最小限にして進めることができるようになります。

「探索的段階型」の開発方式をとる場合、経済産業省のガイドラインでは、段階を以下のように分けています。

探索的段階型開発方式

①アセスメント

アセスメント」の段階とは、AIの開発可能性の有無を事前検証する段階です。この段階では、AIを用いて、事業上のどのような課題を解決したいのか、AIがそれを解決できるのか、学習用のデータを用意できるのかなどをユーザ・ベンダ間で入念にすり合わせを行うことになります。

②PoC

PoCProof of Concept)」の段階とは、学習用データセットを用いて、AIの学習を開始し、AI(学習済みモデル)の開発可能性を検証する段階のことをいいます。あくまでも本格的な開発の前の検証であり、生成される学習済みモデルは不完全なものです。

③開発

開発」の段階は、学習用データセットを用いて、本格的に学習を繰り返し、実際に学習済みモデルを生成する段階です。

④追加学習

追加学習」の段階は、ベンダが納品した学習済みモデルに対して、さらに追加の学習用データセットを使って学習をする段階です。追加学習を行うのは、学習済みモデルの精度をさらに高めることなどが目的です。

なお、このような段階の分け方は、あくまでも例示です。このとおりに段階を分けなければいけないというわけではありません。たとえば、PoCの段階を複数回実施してもかまいませんし、逆に、アセスメントの段階はいらないということであれば、不要な段階を省くという選択をしても何ら問題はありません。

以下では、経済産業省が提唱する段階の分け方を前提として、導入検証契約書はどのタイミングで締結することが適切なのかという点について見ていきたいと思います。

(3)導入検証契約書の締結タイミング(ポイント①)(★)

導入検証契約書を締結するタイミングとしてふさわしいのは、「PoC」の段階となります。

理由は、次の2点です。

  1. リスクの軽減
  2. 権利帰属や利用条件の明確化

①リスクの軽減

アセスメントの段階で行う検証はあくまでも理論上の検証にとどまることから、実際に学習用データセットを用いた学習を始めたあとに、ユーザが求めている水準のAIが開発できないことが判明する場合があります。

そのため、アセスメントの段階を終了後、すぐにAIのソフトウェア開発を本格的に始めてしまうと、多額の費用をかけたのに開発中止というリスクを負う可能性があります。

以上から、リスク軽減という意味で、本格的な開発を行う前にPoCの段階を設けて、導入検証契約を締結し、学習用データセットを用いた検証を行うことが望ましいといえます。

②権利帰属や利用条件の明確化

PoCの段階では、まだ検証の域をでないため、ユーザが求める学習済みモデルは完成しません。もっとも、学習用データセットを用いた学習を開始するということは、生データを加工した学習用データセットや試作版の学習済みモデルが生成されるということを意味しています。

このように、生データを加工した学習用データセットや試作版の学習済みモデルなどの成果物が発生するため、この成果物について誰のものになるのか?その権利帰属や利用条件について契約書で明確にしておくことが望ましいといえます。

これらの理由から、導入検証契約書は「PoC」の段階で締結するのが、適切です。

以下では、実際にどのような内容の導入検証契約書を締結すればいいのか、という点を、経済産業省のガイドラインに掲載されているモデル契約をもとに、注意点や、チェックすべきポイントを見ていきたいと思います。

3 モデル契約の対象となるペルソナ

ペルソナ

今回解説する導入検証契約書のペルソナ(=人物像)は以下のとおりです。

  • 契約当事者:AI開発を依頼したユーザとAI開発を依頼されたベンダ
  • 業務内容:学習済みモデルの生成や精度向上行い開発の可否や妥当性の検証を行うこと
  • ゴール(契約目的):検証結果を記載した報告書の提出(ベンダ⇒ユーザ)
  • やり取りする情報:一定のサンプルデータ(ユーザ⇒ベンダ)
  • やり取りするお金:あり(ユーザ⇒ベンダ)
  • 契約締結タイミング:「PoC」の段階

今回のペルソナは、ベンダからユーザに対して「検証結果を記載した報告書の提出」を提出することがゴール(契約目的)となっています。試作版の学習済みモデルの提出をゴールにするなど、ペルソナと異なることを実施したい場合には、実態にあわせてモデル契約書を修正する必要があることにご注意ください。モデル契約書のひな形は、次の項目でダウンロードすることができます。

4 導入検証契約書の「ひな形」をダウンロード

ダウンロード

導入検証契約書のひな形は、以下からご自由にダウンロードしてください。

【ひな形】AIモデル契約書:導入検証契約書

※本ひな形は、下記URL記載の経済産業省作成にかかる「AI・データの利用に関する契約ガイドライン(AI編)」内に掲載された「モデル契約」をもとに、枠線の削除、フォントの変更等を加えたものになります。

出典:「AI・データの利用に関する契約ガイドライン(AI編)」86項~101項(平成30年6月・経済産業省)

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5 AI開発における導入検証契約書のチェックポイント

チェックポイント

今回は経済産業省のガイドライン掲載の導入検証契約書のうち、特に注意すべき点や、チェックすべきポイントがある条項に絞って解説していきます。

(1)定義

    第2条(定義)
    1.本検証

    ベンダの●●のユーザへの導入・適用に関する検証をいい、詳細は別紙に定める。

    2.対象データ

    本検証の対象となる、別紙記載のデータをいう。

    3.知的財産

    発明、考案、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発見または解明がされた自然の法則または現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。)、および営業秘密その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報をいう。

    4.知的財産権

    特許権、実用新案権、意匠権、著作権その他の知的財産に関して法令により定められた権利(特許を受ける権利、実用新案登録を受ける権利、意匠登録を受ける権利を含む。)をいう。

    5.ベンダ提供物

    ベンダがユーザに提供する旨、別紙に記載する報告書その他の資料をいう。

第2条は、契約書上で使用する各用語の「定義」を定める条項です。このように定義を定める目的は、ユーザ・ベンダ間の認識のズレをなくしトラブルを回避することにあります。

たとえば、2項の「対象データ」や5項の「ベンダ提供物」といった単語は、それだけでは、何を指しているかわかりませんよね。

そのため、定義を定めて、その単語には何が含まれ、何が含まれないのかを明確にしています。

また、ここで定める定義は、契約を締結したユーザとベンダを拘束するものなので、ユーザとベンダの双方が納得した定義であればどんなものでもかまいません。

そのため、モデル契約書2条4項の「知的財産権」の定義から「意匠権」を除外するなど、一般的な定義とは異なる新たな定義を定めても何ら問題ないことになります。

(2)別紙で定めること

    第3条(業務内容)
    1.ユーザはベンダに対し、別紙に記載された本検証にかかる業務の提供を依頼し、ベンダはこれを引き受ける。

    2.別紙に本契約の条項と異なる定めがある場合は、当該別紙の定めが優先する。

    第4条(委託料およびその支払時期・方法)

    1.本検証の委託料は、別紙に定めるとおりとする。

    2.ユーザはベンダに対し、別紙に定める委託料を、別紙で定めた時期および方法により支払う。

    第5条(検証期間)

    本検証の期間(以下「検証期間」という。)は、別紙に定める期間とする。

第3条から第5条は、いずれも具体的な内容を「別紙に定める」こととしています。

別紙」とは、契約書に添付する補足資料のことをいい、契約書に添付されます。

このように別紙を使うのは、契約書そのものをシンプルな内容にするためです。たとえば、契約書の条項の中に長々と複数の業務内容を定めたり、業務内容の補足のためのフローチャートや図といった説明資料を追加すると、契約書の流れが悪くなり、読みにくくなってしまいます。これらを避けるために、別紙は活用されています。

もっとも、別紙に定めることとしているのに、別紙が作成されていなかったり、契約書と一緒に保管されていなかったりといった事態が多々あります。別紙がなければ、ユーザとベンダがどのような内容で契約をしていたかわからなくなり、トラブルの原因となります。

このようなことがないよう、きちんと別紙を作成し、契約書と一緒に保管するようにしましょう。

(3)ベンダの義務

    第7条(ベンダの義務)
    ベンダは、善良なる管理者の注意をもって本検証を遂行する義務を負う。ベンダは、本検証について完成義務を負うものではなく、本検証に基づく何らかの成果の達成や特定の結果等を保証するものではない。

この条項は、ベンダが善管注意義務を負う一方で、完成義務は負わないことを確認している条項です。

善管注意義務」とは、業務を任された者に通常期待される注意義務のことをいい、その者の能力、社会的地位などをもとに判断します。ベンダがAI開発のプロである場合、プロとしてあるまじき行為、たとえば、ベンダがユーザの望むようなAIの開発が難しいことがわかっているのに、その点をユーザに隠すなどを行った場合、善管注意義務違反として、責任を負う可能性があります。完成義務を負わないからといって、ベンダは何の責任も負わないというわけではありません。

(4)ベンダ提供物の提供および業務終了の確認(ポイント②)(★)

    第11条(ベンダ提供物の提供および業務終了の確認)
    1.ベンダは、別紙に記載する期限までに、ユーザにベンダ提供物を提供する。

    2.ユーザは、ベンダ提供物を受領した日から●日(以下「確認期間」という。)内に、ベンダ提供物の提供を受けたことを確認し、ベンダ所定の確認書に記名押印または署名の上、ベンダに交付するものとする。

    3.前項の定めに従い、ユーザがベンダに確認書を交付した時に、ユーザの確認が完了したものとする。ただし、確認期間内に、ユーザから書面で具体的な理由を明示して異議を述べないときは、確認書の交付がなくとも、当該期間の満了時に確認が完了したものとする。

この条項は、業務を完了する際の条件を定めている点がポイントです。モデル契約書では、ユーザによるベンダ提供物の確認をもって業務が完了することになっています。

第7条(ベンダの義務)でも確認したとおり、今回のモデル契約において、ベンダは完成義務を負いません。完成義務があれば、「完成品を納品すること」=「業務の完了」と捉えることができますが、完成義務がない場合、何をもって業務の完了とするのか不明確です。

そのため、このように契約書に定めて明確化しています。

(5)ユーザがベンダに提供するデータ・資料等

    第12条(ユーザがベンダに提供するデータ・資料等)
    1.ユーザは、ベンダに対し、別紙に記載する対象データを提供するものとする。

    2.ユーザは、ベンダに対し、本検証に合理的に必要なものとしてベンダが要求し、ユーザが合意した資料、機器、設備等(以下「資料等」という。)の提供、開示、貸与等(以下「提供等」という。)を行うものとする。

    3.ユーザは、ベンダに対し、対象データおよび資料等(以下、総称して「ユーザ提供データ等」という。)をベンダに提供等することについて、正当な権限があることおよびかかる提供等が法令に違反するものではないことを保証する。

    4.ユーザは、ユーザ提供データ等の正確性、完全性、有効性、有用性、安全性等について保証しない。ただし、本契約に別段の定めがある場合はその限りでない。

    5.ユーザがベンダに対し提供等を行ったユーザ提供データ等の内容に誤りがあった場合、またはかかる提供等を遅延した場合、これらの誤りまたは遅延によって生じた本検証の遅延、ベンダ提供物の瑕疵(法律上の瑕疵を含む。)等の結果について、ベンダは責任を負わない。

    6.ベンダは、ユーザ提供データ等の正確性、完全性、有効性、有用性、安全性等について、確認、検証の義務その他の責任を負うものではない。

第12条は、ユーザがベンダに提供するデータ・資料などの取り扱いのルールについて定めた条項です。

この条項のポイントは、ユーザからベンダに提供されたデータ・資料などから生じた責任について定めている点です。PoC段階では、学習用データセットでの学習を予定しており、ベンダはユーザから「生データ」や関連資料などを提供されます。

ベンダはユーザから何のデータを提供されるかコントロールできません。

たとえば、提供された大量のデータの中に、本来ベンダに開示してはいけない秘密情報が含まれていても、それに気付くことはできないことが多いといえます。

そのため、開示する権限があること・法令に違反していないことについては、ユーザが保証し、責任を負うことになっています(12条3項)。

一方で、提供した対象データそのものの正確性などについては、ユーザは責任を負わないことになっています(12条4項)。そのため、対象データが誤っていたり、欠けていたり、不足していたりしても、ユーザは責任を負わないことになります。

なお、ユーザが責任を負わないこととのバランスを取るために、ユーザが責任を負わなかったこと(データの正確性など)が原因で、検証の遅延や検証結果に誤りが生じてもベンダは責任を負わないことになっています(12条5項)。

ユーザが、納期までにきちんとした検証結果が欲しいのであれば、契約上の責任や義務はありませんが、ベンダに提供する前にきちんと対象データを確認することが重要だといえます。

(6)情報の管理(ポイント③)(★)

    第13条(対象データの管理)
    1.ベンダは、対象データを、善良な管理者の注意をもって管理、保管するものとし、ユーザの事前の書面による承諾を得ずに、第三者(本契約第9条に基づく委託先を除く。)に開示、提供または漏えいしてはならないものとする。

    2.ベンダは、対象データについて、事前にユーザから書面による承諾を得ずに、本検証の遂行の目的以外の目的で使用、複製および改変してはならず、本検証遂行の目的に合理的に必要となる範囲でのみ、使用、複製および改変できるものとする。

    3.ベンダは、対象データを、本検証の遂行のために知る必要のある自己の役員および従業員に限り開示するものとし、この場合、本条に基づきベンダが負担する義務と同等の義務を、開示を受けた当該役員および従業員に退職後も含め課すものとする。

    4.べンダは、対象データのうち、法令の定めに基づき開示すべき情報を、可能な限り事前にユーザに通知した上で、当該法令の定めに基づく開示先に対し開示することができるものとする。

    5.本検証が完了し、もしくは本契約が終了した場合またはユーザの指示があった場合、ベンダは、ユーザの指示に従って、対象データ(複製物および改変物を含む。)が記録された媒体を破棄もしくはユーザに返還し、また、ベンダが管理する一切の電磁的記録媒体から削除するものとする。なお、ユーザはベンダに対し、対象データの破棄または削除について、証明する文書の提出を求めることができる。

    6.ベンダは、本契約に別段の定めがある場合を除き、対象データの提供等により、ユーザの知的財産権を譲渡、移転、利用許諾するものでないことを確認する。

    7.本条の規定は、前項を除き、本契約が終了した日より●年間有効に存続するものとする。

    第14条(秘密情報の取扱い)

    1.ユーザおよびベンダは、本検証遂行のため、相手方より提供を受けた技術上または営業上その他業務上の情報(ただし、対象データを除く。)のうち、次のいずれかに該当する情報(以下「秘密情報」という。)を秘密として保持し、秘密情報の開示者の事前の書面による承諾を得ずに、第三者(本契約第9条に基づく委託先を除く。)に開示、提供または漏えいしてはならないものとする。

    ①開示者が書面により秘密である旨指定して開示した情報

    ②開示者が口頭により秘密である旨を示して開示した情報で開示後●日以内に書面により内容を特定した情報。なお、口頭により秘密である旨を示した開示した日から●日が経過する日または開示者が秘密情報として取り扱わない旨を書面で通知した日のいずれか早い日までは当該情報を秘密情報として取り扱う。

    【③ベンダ提供物】

    2.前項の定めにかかわらず、次の各号のいずれか一つに該当する情報については、秘密情報に該当しない。

    ①開示者から開示された時点で既に公知となっていたもの

    ②開示者から開示された後で、受領者の帰責事由によらずに公知となったもの

    ③正当な権限を有する第三者から秘密保持義務を負わずに適法に開示されたもの

    ④開示者から開示された時点で、既に適法に保有していたもの

    ⑤開示者から開示された情報を使用することなく独自に開発したもの

    3.秘密情報の取扱いについては、前条第2項から第6項の規定を準用する。この場合、同条項中の「対象データ」は「秘密情報」と、「ベンダ」は「秘密情報の受領者」と、「ユーザ」は「開示者」と読み替えるものとする。

    4.本条の規定は、本契約が終了した日より●年間有効に存続するものとする。

第13条・第14条は、情報の取り扱いのルールについて定めた条項です。

ここでのポイントは次の2点です

  1. 「対象データの管理」の条項と「秘密情報の取扱い」の条項
  2. 「ベンダ提供物」について(14条1項)

①「対象データの管理」の条項と「秘密情報の取扱い」の条項

第13条(対象データの管理)の対象は、「ユーザ提供データ等」ではなく、「対象データ」のみとしています。そのため、別紙に記載された「対象データ」以外の「資料等」については、第14条(秘密情報の取扱い)で、保護されることになります。

第13条と第14条を一つにまとめれば契約書をシンプルにできると考える方もいらっしゃるかもしれませんが、モデル契約書では、これらの条項はあえて分けて定めてあります。なぜなら、「対象データ」や「秘密情報」で取扱いに差を設けたいからです。

たとえば、秘密情報については、例外規定(14条2項)を設けていますが、対象データについては、例外規定を設けていません。

このように、情報ごとに取扱いに差を設けたい場合、同じ条項内で差異を書くと長くなりわかりにくくなってしまうことが多々あります。そのため、条項をわけて取扱いに差を設けることを明確にしているのです。

②「ベンダ提供物」の追記に関して(14条1項)

ここでいう「ベンダ提供物」とは、ベンダがユーザに提供する報告書などを指しています。

第14条1項で、【③ベンダ提供物】とカッコ書きで記載されているのは、報告書などを秘密情報とするか否か、ユーザとベンダで決めるためです。秘密情報とすることで、情報が洩らされないよう相手方を拘束することができます。

導入検証契約書締結時点で、ベンダ提供物を秘密情報とすることに関してユーザとベンダで合意できているのであれば、わざわざ後から書面で秘密情報と指定(14条1項1号)するのは面倒なだけです。このような場合は、ベンダ提供物を追記して秘密情報であると追記してしまえばよいと考えられます。

なお、ベンダ提供物を秘密情報とする場合、【③ベンダ提供物】の【】を削除して、14条1項3号であることを明確にしてください。

一方で、秘密情報でなくてもよいということであれば、【③ベンダ提供物】そのものを削除してかまいません。

(7)個人情報の取り扱い

    第15条(個人情報の取り扱い)

    1.ユーザは、本検証遂行に際して、個人情報の保護に関する法律(本条において、以下「法」という。)に定める個人情報または匿名加工情報(以下、総称して「個人情報等」という。)を含んだデータをベンダに提供する場合には、事前にその旨を明示する。

    2.本検証遂行に際してユーザが個人情報等を含んだデータをベンダに提供する場合には、ユーザはベンダに対し、法に定められている手続を履践していることを保証するものとする。

    3.ベンダは、第1項に従って個人情報等が提供される場合には、法を遵守し、個人情報等の管理に必要な措置を講ずるものとする。

第15条は、個人情報の取り扱いのルールについて定めた条項です。

個人情報といえば「個人情報保護法」がすぐに思い浮かぶように、個人情報の取扱いについては、法が特別なルールを設けています。15条は、個人情報保護法に従って、ユーザとベンダが適切に個人情報を取扱うことを定めています。

ここでのポイントは、「プライバシーマーク」に配慮することです。

プライバシーマーク(Pマーク)制度」とは、個人情報保護の体制や運用が適切で、個人情報保護法よりも厳しい条件を満たした事業者に対して、Pマークと呼ばれるロゴマークを付与する制度です。Pマークを付与された事業者であるか否かが、個人情報の提供の際のひとつの目安となっているといえます。もし、ユーザやベンダがPマークを取得している場合はPマークにも配慮した契約書としなければいけません。

このPマークとの関係で特に注意しなければいけないのは、個人情報の定義です。

個人情報保護法の「個人情報」は「生存」する個人に限定されている一方で、Pマークの「個人情報」はこのような「生存」する個人に限定していません。Pマークの個人情報の定義のほうが範囲が広くなっているといえます。

そのため、15条1項のように「個人情報」を「個人情報の保護に関する法律(本条において、以下「法」という。)に定める個人情報」と定義すると、Pマークの定義に合致していないことになります。

Pマークの定義に合致させるため、具体的には、以下のように4項を追加することが考えられます。

    【修正案】

    4.ユーザおよびベンダは、法にJIS Q 15001(個人情報保護マネジメントシステム ― 要求事項)と異なる定めがある場合は、JIS Q 15001の定めを優先し、その定めに従うものとする。

(8)ベンダ提供物等の著作権(ポイント④)(★)

    第16条(ベンダ提供物等の著作権)

    1.ベンダ提供物および本検証遂行に伴い生じた知的財産に関する著作権(著作権法27条および28条の権利を含む。)は、ユーザまたは第三者が従前から保有しているものを除き、ベンダに帰属するものとする。

    2.ベンダは、ユーザに対し、ユーザが本検証の結果について検討するために必要な範囲に限って、ユーザ自身がベンダ提供物を使用、複製および改変することを許諾するものとする。ユーザは、かかる許諾範囲を超えてベンダ提供物を利用しないものとし、またベンダ提供物を第三者に開示または提供してはならないものとする。

    3.ユーザによるベンダ提供物の使用、複製および改変、並びに当該複製等により作成された複製物等の使用は、ユーザの負担と責任により行われるものとする。ベンダはユーザに対して、本契約で別段の定めがある場合または自らの責に帰すべき事由がある場合を除いて、ユーザによるベンダ提供物の使用等によりユーザに生じた損害を賠償する責任を負わない。

    4.ベンダは、ユーザに対し、本契約に従ったベンダ提供物の利用について、著作者人格権を行使しないものとする。

    【オプション条項:フィードバック規定】

    5.本検証遂行の過程で、ユーザがベンダに対し、本検証に関して何らかの提案や助言を行った場合、ベンダはそれを無償で、ベンダの今後のサービスの改善のために利用することができるものとする。

第16条は、ベンダ提供物などの著作権の権利帰属や利用条件について定めた条項です。

ここでのポイントは、次の3点です。

  1. 著作権の取扱いと利用条件(16条1項~3項)
  2. 著作者人格権(16条4項)
  3. オプション条項(16条5項)

①著作権の取扱いと利用条件(16条1項~3項)

著作権」とは、自分の考えなどを独創的に表現したコンテンツ(=著作物)を、独占的に利用できる権利のことをいいます。ベンダ提供物である検証結果の報告書にも、検証方法、学習用データセットへの加工方法、PoC段階における学習済みモデルの精度などが記載されることが想定されるため、著作物にあたることが多いと考えられます。

そのため、著作権は誰のものになるのか?どのように利用できるのか?を定めることが必要になります。

16条では、著作権は作成したベンダのものとなり(1項)、ユーザは自己責任(3項)で自由に利用できる(2項)ようになっています。モデル契約書では、ベンダ提供物を主に想定しているため、このような定めとなっていますが、あくまでも16条の定めは一例であり、必ずこの通りの定めとしなければいけないというものではありません。著作権はユーザのものとし、ベンダに対して利用条件を定めたり、著作物が発生する度にユーザとベンダで協議して誰のものか決めると定めることも考えられます。

なお、ペルソナにも記載したとおり、今回のモデル契約書は検証結果を報告書として提出することが目的であり、開発初期段階の不完全な学習済みモデルの提出が必要など、目的が変わった場合は、この条項を修正する必要があることには注意が必要です。

②著作者人格権(16条4項)

著作者人格権」とは、作成者の著作物に対する思い入れを保護する権利で、著作物の作成者に発生します。具体的には、著作物を無断で修正されない権利(同一性保持権)などが認められます。著作者人格権は、あくまでも作成者の思い入れを保護するもののため、権利を譲渡することはできません。そのため、16条4項では、著作者人格権の譲渡ではなく、ユーザが利用するにあたって支障がないよう「著作者人格権を行使しない」ことが定められています。

著作権の譲渡をする場合、余計なトラブルを回避するため、契約書上では著作者人格権を行使しないよう定めることが一般的です。

③オプション条項(16条5項)

このオプション条項は、「共同著作物」に対応するための定めです。

共同著作物」とは、複数の者が創作に携わった著作物のことをいいます。

開発のプロであるベンダの検証作業に対して、ユーザが行った素人目線での提案や助言(フィードバック)が新たな検証方法や、学習用データセットへの加工方法となることがあります。このように、提案や助言が著作物への「創作」に携わっていると評価される場合、「共同著作物」と判断される可能性があります。

「共同著作物」は、他の共有者の同意を得なければ使えないのが原則です。このオプション条項を定めておくことで、ベンダはユーザに同意を得ることなく、そして今回の検証に限らず提案や助言を無償で利用できるようになります。

(9)特許権等(ポイント⑤)(★)

    第17条(特許権等)

    【A案】共同発明等にかかる特許権等の権利帰属を協議の上定める場合

    1.本検証遂行の過程で生じた発明その他の知的財産(以下あわせて「発明等」という。)にかかる特許権その他の知的財産権(ただし、著作権は除く。)(以下、特許権その他の知的財産権を総称して「特許権等」という。)は、当該発明等を創出した者が属する当事者に帰属するものとする。

    2.ユーザおよびベンダが共同で行った発明等にかかる特許権等の、権利帰属その他の取扱いについては、両者間で協議の上決定するものとする。

    3.ユーザおよびベンダは、前項に基づき相手方と共有する特許権等について、必要となる職務発明の取得手続(職務発明規定の整備等の職務発明制度の適切な運用、譲渡手続等)を履践するものとする。

    【B案】共同発明等にかかる特許権等の権利帰属を共有とする場合

    1.本検証遂行の過程で生じた発明その他の知的財産(以下あわせて「発明等」という。)にかかる特許権その他の知的財産権(ただし、著作権は除く。)(以下、特許権その他の知的財産権を総称して「特許権等」という。)は、当該発明等を創出した者が属する当事者に帰属するものとする。

    2.ユーザおよびベンダが共同で行った発明等にかかる特許権等については、ユーザおよびベンダの共有(持分は貢献度に応じて定める。)とする。この場合、ユーザおよびベンダは、共有にかかる特許権等につき、それぞれ相手方の同意なしに、かつ、相手方に対する対価の支払いの義務を負うことなく、自ら実施することができるものとする。

    3.ユーザおよびベンダは、前項に基づき相手方と共有する特許権等について、必要となる職務発明の取得手続(職務発明規定の整備等の職務発明制度の適切な運用、譲渡手続等)を履践するものとする。

この条項は、16条で定めた著作権を除く知的財産権の権利の帰属や利用条件について定めた条項です。

著作権を除く知的財産」とは、特許権、実用新案権、意匠権、商標権などがありますが、16条1項において「特許権その他の知的財産権」と定められているように、AI開発においては著作権に次いで特許権が発生する可能性が高いため、主に特許権が問題になると考えられます。

ここでのポイントは、次の2点です。

  1. A案・B案の違い
  2. どちらを選択すべきか?
  3. 実務上はどうすれば?

①A案・B案の違い

A案1項、B案1項にある通り、検証過程で著作権を除く知的財産権が発生した場合、発明者が権利を持つことになっており、この点は共通です。

A案・B案の違いは、複数の者が共同して発明を行い共同発明となった場合に関してです。A案では、ユーザとベンダで協議のうえ、発明したものの権利や利用条件などを定めることになっている一方で、B案では、発明した共同発明を貢献度に応じて共有することとしています。

②どちらを選択すべきか?

A案・B案とありますが、これらはあくまでも例です。必ずこのどちらかにしなければいけないというわけではありません。

もっとも、A案・B案のどちらか選択する場合、特許権の観点でいえば、A案をおすすめします。

なぜなら、B案のとおりに定めて共同発明を共有とした場合、利益を得るために他社にライセンスを設定したいケースや、経営悪化に伴い権利を譲渡したいケースにおいて他の共有者の同意が必要となるからです。

③実務上はどうすれば?

実務上は、A案・B案にとらわれることなく、どんな権利が発生する可能性があるのかあらかじめ検討し、発生するであろう権利を誰のものとするか、利用条件をどうするか決めることが重要です。

また、想定していない権利が発生した場合には、協議で決めるなどの定めをすることも有効です。

(10)知的財産権侵害の非保証

    第18条(知的財産権侵害の非保証)

    ベンダはユーザに対して、ベンダ提供物の利用が第三者の知的財産権を侵害しない旨の保証を行わない。

第18条は、ベンダ提供物の利用において、ベンダが著作権や特許権などの知的財産権の非侵害を保証しないこと(非保証)を定めた条項です。

このように非保証としているのは、今回のモデル契約書におけるベンダ提供物は、報告書を想定しているからです。検証結果が書かれた報告書は、ユーザが社内で利用するのみで、他社に販売するなどといった業務利用は行われないことから、ユーザとしても調査費用を負担して知的財産権の非侵害を保証してもらうほどのケースではないと考えられます。

一方で、ベンダ提供物が試作版の学習済みモデルなどの場合、他社への販売などもあり得ます。ユーザとしても調査費用を負担してでもベンダに知的財産権の非侵害を調査・保証してもらうという選択もありです。

(11)別紙

    【別紙】

    1.本検証の目的

    2.対象データの詳細(データ提供者、データの概要、データの項目、量、提供形式等)

    3.作業体制

    4.作業内容および役割分担

    5.連絡協議会の開催予定頻度、場所

    6.検証期間

    7.委託料およびその支払方法

    8.ベンダ提供物の内容および提供期限

繰り返しとなりますが、「別紙」は、契約書に添付する補足資料のことをいい、契約書と一体となって、ユーザとベンダの合意内容を示すものです。契約書において「別紙に定める」としたすべての事項に関して別紙に漏れなく定めるようにしましょう。

なお、必ずしもすべてを言葉で記載する必要はありません。必要に応じて、フローチャートや図、表などを使ってもかまいません。

特に「作業内容および役割分担」については、ユーザとベンダで認識のズレが起こりやすい部分です。抽象的に定めるのではなく、できる限り具体的に定めるようにしましょう。

6 小括

まとめ

AI開発を依頼したユーザと、開発を依頼されたベンダは、本格的なAIのソフトウェア開発を始める前に、PoCの段階を設けて、学習用データセットを用いた検証を行うことを、経済産業省のガイドラインでは推奨しています。

このPoCの段階では、導入検証契約書を締結して検証を行うべきですが、今回紹介した契約書はモデル契約書です。

実際の取引内容や実態に合致していない契約を締結しても何の意味もありません。

そのため、以上で見てきた内容は、いずれも取引内容によって変わりうるものであることを理解し、個別のケースに応じて、導入検証契約書の内容をカスタマイズしていくことが必要であることに留意してください。

7 まとめ

これまでの解説をまとめると、以下のとおりです。

  • 「導入検証契約書」とは、本格的にAIの開発を進めるか否か検証することを目的として、AIのソフトウェア開発を部分的に開始する際に、ユーザとベンダの間で締結する契約書のことである
  • AI開発は「探索的段階型」の開発方式が最適である
  • 導入検証契約書は「PoC」の段階で締結するのが最適である
    ※【ひな形の注意事項】

  • 本ひな形は、下記URL記載の経済産業省作成にかかる「AI・データの利用に関する契約ガイドライン(AI編)」内に掲載された「モデル契約」をもとに、枠線の削除、フォントの変更等を加えたものになります。
  • 出典:「AI・データの利用に関する契約ガイドライン(AI編)」86項~101項(平成30年6月・経済産業省)
  • 本ひな形は、自己又は自社内でのビジネスのためにのみ(以下、「本件利用目的」)ご利用いただけます。したがいまして、本件利用目的以外での利用並びに販売、転載、転送及びネット上にアップロード・投稿する行為その他一切の行為を禁止します。
  • 各種ひな形の内容に関して、弁護士伊澤文平はいかなる保証も行わず、ひな形の利用等に関して一切の責任を負いませんので、予めご承知おきください。