
はじめに
新製品や新サービスの名前が決まったら、次は商品名やロゴマークなどの商標の登録です。新発売のスケジュールに合わせて、ライバル社よりも先に商標登録をしなければいけません。そこで、気になるのは、
「商標の登録にはどれくらい時間がかかるの?」
ということです。
実は、出願から商標登録までには、通常は1年以上かかります(2020年2月時点)
「もう既に商品名を使い始めているのに」
「もうこのロゴマークで準備を進めているのに」
そんな急ぎの方のために、この商標審査期間を短縮できる方法があります。
ここでは、商標の出願から登録までの手続について説明し、その審査期間を短縮する方法について詳しく解説します。
目次
1 商標の権利化までに必要な期間は?
(1)商標が登録されるまでの流れ
「商標」とは、自社の商品や役務(サービス)を他社のものと区別するための標識です。
特許庁に商標登録出願をして登録されることで、商標権が発生します(これを「権利化」といいます)。商標権が発生することで出願人はその商標を一定期間独占して使用することができるようになるとともに、他人が同一・類似の商標の使用することを排除できるようになります。
商標登録出願から権利化までの手続の流れは、下図のとおりです。
このように、出願後、出願書類の形式面をチェックする「方式審査」と権利化を認めるべきか否かチェックする「実体審査」という2つの審査を経て、ようやく出願人に対して、その結果が通知されます。
この通知のことを「一次審査通知」といい、権利化が認められれば「登録査定」が、権利化が認められなければ、「拒絶理由通知」がなされます。
登録査定に対して、登録料を納めることでようやく商標は登録されるのです。
(2)商標審査期間
それでは、商標登録出願から商標権発生(権利化)までにはどれくらいの期間がかかるのでしょうか。
例えば、2018年度の統計では、権利化までの期間は平均9.3ヶ月で、一次審査通知までの期間は平均7.9ヶ月でした。(参照:『特許行政年次報告書2019年版』より)
あれ?予想していたほど遅くないと思った方もいらっしゃるかもしれません。
もっとも、商標登録の出願数は年々増加しており、2009年には約11万件であった出願件数が、10年後の2018年には約1.6倍の約18万件にまで増えています。
また、出願件数の増加に伴い、出願から実体審査に着手するまでの待ち時間も年々長くなっています。特許庁の「商標審査の着手状況(審査未着手案件)」に掲載されている情報も確認してみましょう。このサイトによれば、令和2年1月に出願した場合、審査の着手の見通し時期は、おおむね12ヶ月と予想されています。
つまり、出願数の増加に伴い、今後も商標審査期間が長くなっていくことが予想されます。
では、この商標審査期間を短くすることはできないのでしょうか。実は、審査の種類によっては、短くすることが可能です。まずは、商標審査の種類を見てみましょう。
※商標登録出願方法について詳しく知りたい方は、「商標とは?誰でもできる商標登録の出願の方法を弁護士が5分で解説!」をご参照ください。
2 審査の種類
商標の審査には、以下の3つの種類があります。
- 通常審査
- ファストトラック審査
- 早期審査
上記1の項目で解説した期間は、①通常審査の場合にかかる期間でした。
この3つの審査方法の一次審査の通知までの期間を比較すると下図のようになります(それぞれの期間は2020年2月時点で特許庁が公表している目安です)。
この図からも分かる通り、②ファストトラック審査と、③早期審査は、①通常審査と比べ、一次審査通知までの期間が短縮されています。
このように、ファストトラック審査と、早期審査があるのは、商標登録の重要性が高まり、出願件数が増加している中で、可能な限り迅速に審査を進めることを目的としています。
もちろん、ただ期間を短くしただけでは、商標の審査官が対応できなくなってしまいます。そのため、ファストトラック審査と、早期審査の対象となるためには、一定の条件をみたす必要があります。ファストトラック審査と早期審査の対象となる条件などの詳細は後述します。
なお、ファストトラック審査については、2018年10月以降に出願された商標からスタートし、対象となる案件を通常より約2ヶ月早く審査を行う運用とされてきましたが、2020年2月以降の出願から運用が変更され、より審査期間が短縮されました。
出願から一次審査通知までの期間が短縮されることで、商標が登録できるかどうかやいつ頃登録ができるかなどの見通しが立つのが早まり、事業計画を立てやすくなることが期待されています。
以降の項目では、ファストトラック審査と早期審査の条件などについて詳しく確認していきましょう。
3 ファストトラック審査
(1)ファストトラック審査とは
「ファストトラック審査」とは、対象となる案件について、出願から約6ヶ月で一次審査通知を行う審査です。
このファストトラック審査は、本格導入されたわけではなく、当面の間、「お試し」で運用されています。そのため、一次審査通知までの期間については、状況に応じて調整されることがあるとともに、運用状況によっては本格導入の見送りやルール変更もあり得ます。そのため、利用しようとする場合には、最新の情報を取得することが重要です。
(2)ファストトラック審査の条件
商標を出願するときは、登録を受けようとする商標とともに、その商標を使用する「商品」または「役務(サービス)」を指定しなければいけません。このときに指定した商品を「指定商品」、指定した役務を「指定役務」といいます。この指定商品・指定役務が、ファストトラック審査の条件においてポイントになります。
ファストトラック審査の対象となるのは、次の2つの条件の両方を満たす出願です。
- 出願時に、「類似商品・役務審査基準」等に掲載されている商品・役務のみを指定しているもの
- 特許庁が審査に着手するまでに、指定商品・指定役務について補正を行っていないもの
①商品・役務の指定
「類似商品・役務審査基準」等となっている通り、ファストトラック審査を利用したい場合に指定できる商品・役務は、
- 類似商品・役務審査基準
- 商標法施行規則
- 商品・サービス国際分類表(ニース分類)
に掲載されているものに限られます。
このようにファストトラック審査において指定商品・指定役務が限定されているのは、審査官が審査をスムーズに実施できるようにするためです。
自分が指定したい商品・役務が「類似商品・役務審査基準」等に掲載されているかどうかは、「J-PlatPat(商品・役務名検索)」を利用して確認することが可能です。
具体的には、サイトにアクセスし、以下の図の流れで調べることができます。
例えば、新商品のコーヒー豆ひき器の名前を登録したい場合を考えてみましょう。この場合、取得したい商品名として「コーヒー」で検索すると、次の結果が表示されます。
検索した結果、33件ヒットしましたね。ファストトラック審査の条件をみたすように商品名を記載するためには、その豆ひき器が自動であれば、「コーヒー豆ひき器(手動式のものを除く。)」を、手動式であれば「手動式のコーヒー豆ひき器及びこしょうひき」か「手動式コーヒー豆ひき器」と指定すればよいことになります。
なお、少しでも異なる商品名や役務名を記載した場合はファストトラック審査の対象にはなりません。
例えば、
- コーヒー豆ひき器
- 手動式コーヒー豆挽き器
などはNGとなるためご注意ください。
また、調べた結果、自身が提供している商品・役務がヒットしなかった場合、残念ながらファストトラック審査の利用することは現状できません。この場合、早期審査であれば、利用できる可能性があるため、早期審査の利用を検討してください。
②補正していないこと
「補正」とは、出願内容に間違いがあった際に、間違えた部分を修正することをいいます。
なお、間違いがあれば、全て補正できるわけではありません。
登録しようとした商標そのものを間違えたことを理由として、その一部を削除したり、差し替えたりすることは原則NGとなっています。
また、指定商品・指定役務を別のものに差し替えたり、追加することも同様にNGとなっています。
そのため、ここでいう審査前の補正とは、商品・役務として指定したものの一部を削除したり、指定した区分そのものを削除することを意味しています。
審査着手前に補正が行われた場合、審査官が審査すべき内容が出願時の内容と変わってしまい、スムーズに審査することができなくなります。
そのため、審査前に補正していないことが条件となっているのです。
(3)ファストトラック審査の手続
出願された内容が、上記(2)の2つの要件に該当する場合は、自動的にファストトラック審査の対象となります。申請や手数料納付などの手続は不要です。
なお、ファストトラック審査の対象となるかどうかについて、特許庁が事前に教えてくれることはありません。ファストトラック審査を利用したい場合、事業者自身あるいは、依頼した専門家にファストトラック審査の対象となるか確認してもらうしかないことに注意してください。
4 早期審査
(1)早期審査とは
「早期審査」とは、ファストトラック審査と同様に通常審査よりも短期間で行われる審査のことです。
もっとも、ファストトラック審査とは条件が異なっており、ファストトラック審査の対象外であっても、利用できる可能性がある審査となっています。
また、早期審査はファストトラック審査とは異なり、早期審査を受けたいことを特許庁に申請しなければ利用することはできません。
なお、2018年の実績では、早期審査の一次審査通知までの期間は平均1.8ヶ月となり、通常審査と比べて大幅に短縮されています。
(2)早期審査の条件
早期審査の対象となるには、出願した商標を、指定しようとしている商品・役務において既に使用しているか、使用の準備を相当程度進めていることが前提となります。
また、ここでいう「使用の準備を相当程度進めている」とは、
- 使用開始の時期が早期審査の申請から3ヶ月以内
- 予定している使用商品・役務や使用場所が決まっており、社外との関係で既に動き初めていること
をいいます。
そのため、社内で企画している段階では、使用の準備を進めていることにはならない点に注意してください。
この前提を欠いている場合、そもそも早期審査の対象外となってしまいます。
では、この前提を踏まえて、早期審査の具体的な条件を確認していきましょう。
早期審査の対象になるのは、次の3つの条件のいずれかに該当する出願です。
【条件①】
・出願商標を、指定しようとしている「すべて」の商品・役務について既に使用しているか、使用の準備を相当程度進めている
【条件②】
・出願商標を、指定しようとしている「一部」の商品・役務について既に使用しているか、使用の準備を進めている
+
・商標の権利化を急がなければいけない緊急性
【条件③】
・出願商標を、指定しようとしている「一部」の商品・役務について既に使用しているか、使用の準備を進めている
+
・「類似商品・役務審査基準」等に記載の商品・役務のみを指定している
①【条件①】について
例えば、アパレルのブランド名を商標出願する場合を考えてみましょう。
そのブランド名を使ってすでに衣服を売っており、今後、香水、時計、鞄なども商品ラインナップとして追加予定で、現在社内でデザインやイメージ案を作成中だとします。
この場合、香水、時計、鞄などは「使用の準備を相当程度進めている」にあたらないのは、先ほど確認した通りです。
そのため、条件①を満たすように出願すると、指定できる商品は、区分25類の衣服のみとなります。
この事例のように商品・役務として指定をしたいが、未使用の商品・役務がある場合は、条件②か条件③を満たすようにしたほうがいいでしょう。
②【条件②】について
条件②は、条件①と異なり、「一部」でも指定しようとしている商品・役務に使用していればいいことになっています。
先ほどのアパレルの事例では、既に使用している区分25類の衣服の指定に加えて、3類の香水、14類の時計、18類の鞄などを指定してもよいことになります。
もっとも、条件が緩くなった分、緊急性という条件が付け加えられています。
この「商標の権利化を急がなければいけない緊急性」とは、以下のいずれかに該当するものをいいます。
- 出願商標について、第三者が無断で使用している
- 出願商標の使用について、第三者から警告を受けている
- 出願商標について、第三者から使用許諾を求められている
- 出願商標について、外国へ出願中
- 出願商標について、外国でも登録したい(国際登録したい)
これらの条件からも分かる通り、急いで権利化しなければいけないような差し迫った事情がある場合か、外国での商標を登録したい場合でなければいけないことになります。
では、この緊急性の条件を満たせない場合、早期審査を受けることはできないのでしょうか。そんな方向けに条件③があります。
③【条件③】について
条件②と同様に、「一部」でも指定しようとしている商品・役務に使用していればいいことになっています。
そのため、アパレルの事例では、既に使用している区分25類の衣服の指定に加えて、3類の香水、14類の時計、18類の鞄などを指定してもよいことになります。
そして、追加の条件も、「類似商品・役務審査基準」等に記載の商品・役務のみを指定していることです。
そのため、アパレルの事例では、既に使用している区分25類の衣服、これから使用を予定している3類の香水、14類の時計、18類の鞄について、全て「類似商品・役務審査基準」等に記載の商品を指定すればよいことになります。
「類似商品・役務審査基準」等の調べ方は、ファストトラック審査で説明した通りです。
このように、早期審査の条件は多少複雑かもしれません。検討するのが難しい、検討する時間がないということであれば、費用は発生してしまいますが、専門家に相談するのも一つの方法です。
では、この早期審査には、どのような手続が必要なのでしょうか。ファストトラック審査と異なり、早期審査には手続が必要となっているため、確認していきましょう。
5 早期審査の手続
出願人が、指定された様式の「早期審査に関する事情説明書」を、オンラインまたは書面により提出することにより申請します。
提出は、商標出願の日以降いつでもできます。手数料は必要ありません。
「早期審査に関する事情説明書」が提出されると、早期審査の対象とするかどうかの[選定]が行われます。選定の結果、早期審査の対象となったものは速やかに審査が開始されます。早期審査の対象としないと判断された場合のみ出願人に通知されます。
なお、書面により提出した場合は、早期審査の選定手続きが1ヶ月程度遅れるため、オンラインによる提出が推奨されています。
6 ファストトラック審査・早期審査を利用したい場合の留意点
(1)新しいタイプの商標(ファストトラック審査・早期審査)
以下の「新しいタイプの商標」の出願については、その審査の特殊性から、現時点ではファストトラック審査・早期審査の対象外となっているのでご注意ください。
- 動き商標(文字や図形等が時間の経過に伴って変化・移動する商標)
- ホログラム商標(ホログラフィー等により、文字や図形等が変化する商標)
- 色彩のみからなる商標(色彩の組み合わせからなる商標で輪郭なく使用できるもの)
- 音商標(音楽、音声、自然音等からなる商標で聴覚で認識されるもの)
- 位置商標(図形等を商品等に付す位置が特定される商標)
例えば、テレビやコンピューター画面等に映し出されて、文字や図形が変化する商標(動き商標)や、テレビCMに使われるサウンドロゴ(音商標)、カップ麺の容器の特定の位置にある装飾(位置商標)などが「新しいタイプの商標」にあたり、早期審査の対象外となっています。
(2)商標の同一性(早期審査)
早期審査の対象は、出願商標を指定しようとしている商品・役務において既に使用しているものがあることが前提となっています。
そのため、既に使用していることを明かにしなければいけないことになっており、使用している商標と出願する商標は同一でなければいけません。
例えば、出願商標と使用商標が以下の点で異なる場合には、同一であるとは認められません。
- アルファベットの大文字が小文字となっている場合
- ローマ字がカタカナになっている場合
- ひらがながカタカナとなっている場合
- 図+文字だったものが図のみになっている場合
- 二段書きだった文字が一段書きとなっている場合
例えば、明朝体とゴシック体の違いや、縦書きと横書きの違い、文字の色の違いなどで、外観上同視できる程度の違いであれば、同一のものと認められます。
上記の基準で、使用している商標と出願する商標が同一であると認められるものでなければ、早期審査の対象とはなりませんので、ご注意ください。
7 小括
商標登録は、通常審査の場合、出願から権利化まで12ヶ月以上かかります。
そんなに待っていられないという方向けに、ファストトラック審査と早期審査という制度があります。
ファストトラック審査の条件に該当する出願の場合は、自動的にファストトラック審査の対象となり、期間を短縮することができます。
また、早期審査の条件を満たしていれば、出願人が申請することで、審査期間を大幅に短縮することができます。
ぜひ、これらの審査制度をご利用ください。
8 まとめ
これまでの解説をまとめると、以下の通りです。
- 商標の審査には、①通常審査、②ファストトラック審査、③早期審査、の3種類がある
- 通常審査の場合は、一次審査通知までの期間の目安は約12ヶ月である
- ファストトラック審査の場合は、一次審査通知までの期間の目安は約6ヶ月である
- ファストトラック審査の要件は、①出願時に「類似商品・役務審査基準」等に掲載されている商品・役務のみを指定しているしている、②特許庁が審査に着手するまでに、指定商品・指定役務について補正を行っていない、の2つである
- ファストトラック審査の要件を満たす出願は、自動的にファストトラック審査の対象となる
- 早期審査の場合は、一次審査通知までの期間は約1.8ヶ月であり、3種類の審査方法のうち最も早い審査方法である
- 早期審査の対象となるのは、出願商標を既に使用している(あるいは使用する準備を相当程度進めている)ものであり、3つの条件のうちいずれかに該当するものである
- 早期審査の条件①:すべての指定商品・指定役務について出願商標を使用している
- 早期審査の条件②:「一部の指定商品・指定役務について出願商標を使用」+「緊急性あり」
- 早期審査の条件③:「一部の指定商品・指定役務について出願商標を使用」+「類似商品・役務審査基準等に記載の商品・役務のみを指定」
- 早期審査は、出願後に「早期審査に関する事情説明書」を提出して申請する
- 新しいタイプの商標はファストトラック審査・早期審査の対象外である
- 早期審査の対象となるためには、使用商標と出願商標に同一性があると認められなければならない