はじめに
職務発明規程」というものをご存知ですか?実は、スタートアップを含む中小企業で、職務発明規程を整備している会社は、約2割と言われています。もしこの職務発明規程がないと、従業員などが仕事として発明をした場合でも、会社がその特許を取得することができないかもしれません。

それを避けるためにも、職務発明規程を整備したほうがいいと言われています。そうは言っても、職務発明規程がどのようなもので、どのように運用すればいいかといったことは中々分かりませんよね。

そこで今回は、知財に強い弁護士が、職務発明規程について詳しく解説します。

1 職務発明規程とは

(1)職務発明とは

職務発明」とは、従業員などが会社が現在行っている事業や将来行う予定の事業に関して、会社からの指示で生み出した発明のことをいいます。

一方、会社からの指示などがなく、また就業時間外に従業員が生み出した発明は含まれません。これを職務発明と対比させて自由発明といいます。

そして、「職務発明規程」とは、職務発明に関して社内でどのように取り扱うか定めた内部規程のことをいい、ほぼすべての大企業は職務発明規程を整備していると言われています。

では、なぜ職務発明規程を定める必要があるのでしょうか?その理由を理解するためには、発明は誰のものなのか?ということを理解する必要があります。

 

(2)発明は誰のもの?

①原則

完成した発明は、原則として発明者のものになります(発明者主義)。このように発明者主義がとられているのは、発明というものが発明者の能力と努力がなければ完成しないものだからです。

発明者は、完成した発明に関して、特許庁に出願し、審査を受けることができます。審査を経て、特許庁が特許権を与えるにふさわしいと判断した場合には、発明者は特許権を取得することができます。特許権を取得した者は、その発明を独占して、製造や販売などを行うことができます。

そのため、発明者には、特許権を取得するための「特許を受ける権利(特許出願をする権利)」が認められているのです。

そして、この特許を受ける権利は譲渡することが可能となっています。

 

②例外

原則として発明は発明者のものになると説明しましたが、その例外が職務発明です。

職務発明に関しては、一定の条件のもとで、発明は会社のものとなります。この一定の条件として、職務発明規程が関わってくるのです。

発明が発明者の能力と努力の成果である一方で、会社の施設や設備を使用したり、会社が開発費用などを負担したりなどしていた場合は、会社も発明を生み出すことに貢献したといえます。

このように、会社も貢献していた場合、発明から得られる利益を発明者と会社とで適切に分けあうことが必要になります。

そのため、職務発明に関しては、職務発明規程などで、「特許を受ける権利」を会社が承継することを定めたときは、発明者ではなく、会社が「特許を受ける権利」を取得することができるのです。

では、もしこのような規程を設けておらず、職務発明が発明者である従業員のものとなった場合、どのようなことが起きるのでしょうか。

 

③会社が権利を承継しなければ何が起こる?

会社が職務発明に関して「特許を受ける権利」を承継しない場合、原則どおり、「特許を受ける権利」は発明者である従業員のものとなります。

つまり、特許権を取得し、発明を独占できるのは従業員となってしまうわけです。

そのため、従業員に特許権を取得する気がなければ、会社が特許権を取得して欲しくても、それを強制することはできません。

また、従業員が特許権を取得した場合、法律上、会社は、その職務発明を一切使用できなくなるわけではありませんが、従業員が発明を独占している以上、従業員がライバル会社に発明を売ってしまったり、発明の利用を認めてしまうといったリスクが常につきまとってしまいます。

そのため、このようなリスクを回避するため、職務発明に関しては、会社が権利を承継しておくべきなのです。

次に、会社が権利を承継するための具体的な条件を確認していきましょう。

 

2 会社が権利を承継するための条件

職務発明に関して「特許を受ける権利」を会社が取得するには、

  1. 権利を承継することを契約・就業規則・その他規程などで定めること
  2. 相当の利益を付与すること

といった条件を満たす必要があります。

 

3 権利を承継することを契約・就業規則・その他規程などで定めること

職務発明に関して、「特許を受ける権利」を会社が承継することに関して、契約・就業規則・その他規程などで定める必要があります。

 

(1)定め方

「特許を受ける権利」を会社が承継することについては、具体的に

  1. 契約書
  2. 就業規則
  3. 職務発明規程

で定めることが考えられます。

 

①契約書

会社とそれぞれの従業員との間で締結する契約書において、職務発明の承継について定める方法です。

たとえば、雇用契約書など、他の目的で締結する契約書に加筆したり、職務発明の承継に関する専用の契約書を用意する場合がこれにあたります。

この方法は、会社と個別の従業員との間で契約を締結することから、職務発明の承継に関して、従業員ごとに個別の条件を定める場合に選択すべき方法です。

 

②就業規則

就業規則」とは、労働をする上での賃金や労働時間、労働条件などを、事業場ごとに定めたもののことをいいます。就業規則には、必ず定めなければいけない事項と会社の裁量で書くことができる事項があり、職務発明の承継については、裁量で書くことができる事項にあたります。

就業規則は、事業場ごとに作成する必要があるため、その事業場の全員に一律に職務発明の承継について定めたいときに選択すべき方法です。

もっとも、就業規則は、本来労働条件について定めることが本来の目的であるため、職務発明について定めても他の労働条件に関する条項に埋もれてしまい、「そんな定めなんて見たことがなかった」・「職務発明について就業規則に書かれているなんて思わなかった」と従業員に認識されないおそれがあります。

 

③職務発明規程

職務発明規程」とは、職務上行われた発明についての取扱いを定めるための内部規程のことをいいます。

あくまでも、会社の内部規程なので、会社自身の裁量で独自に定めることができます。

そのため、誰を対象とした規程とするかは定め方次第となります。

たとえば、全従業員を対象とすることもできますし、研究・開発職の従業員に限定することもできます。

一律に職務発明について定めたい場合に選択すべき方法であり、専用の規程を定めておくことで、「そんな定めなんて見たことがなかった」という事態が起こりにくいといえます。

以上から、職務発明規程で全従業員に一律に適用されるルールを定めておき、個別の事情がある場合に限り、契約書で対応する方法をとることをおすすめします。

 

(2)職務発明規程のダウンロード

使用者と従業者との間で、職務発明規程を設ける際に参考となるひな形を作成しました。必要に応じ、ダウンロードしてお使いください。

【ひな形】職務発明規程

なお、本ひな形は、社内の全従業員・役員を対象とした職務発明規程となっています。

 

4 相当の利益を付与すること

(1)相当の利益とは

職務発明から得られる利益は発明者と会社とで適切に分けあうことが必要になります。

そのため、会社が「特許を受ける権利」を取得する場合、発明者である従業員に相当の利益を与える必要があります。

相当の利益としてまず真っ先に思い浮かぶのは金銭ですが、経済的な利益があれば、必ずしも金銭でなくともOKとなっています。

たとえば、金銭以外には、

  1. 会社の費用負担による留学
  2. ストックオプションの付与
  3. 昇給などを伴う昇進・昇格
  4. 追加の有給休暇付与
  5. 職務発明を利用する権利の付与

以上の5点も認められることになります。

 

①会社の費用負担による留学

会社の費用負担による留学も、職務発明に対する相当の利益の提供に当たります。会社の負うべき費用は職務発明の内容やそれによって生み出される利益によって、その程度が変わるものと考えられます。

たとえば、留学先の国が変わったり、学費のみ負担するのか、生活費も負担するのか、といった会社の負担の割合も変わったりします。

 

②ストックオプションの付与

ストックオプション」とは、発明者である従業員に本来支払われる給与とは別に、自社の株式をあらかじめ設定された価格で取得できる権利を与えることをいいます。

株式を得るための価格は多くの場合低く設定されることが多いため、株が値上がりしたタイミングで売却すれば、従業員はその差額分の利益を得ることができます。

従業員に支払うべき相当の利益を金銭ですぐに用意することが困難な株式会社が利用を検討すべき方法だといえます。

 

③昇給などを伴う昇進・昇格

他にも、昇給をともなう昇進や昇格を行うことも利益となりえます。もっとも、この場合、すぐに降格にさせたり、昇給の額が著しく小さい場合など、相当の利益を与えたといえるのかについて、疑義が生じないよう注意する必要があります。

 

④追加の有給休暇付与

本来得られるはずの有給休暇に加えて、追加で有給休暇を与えるという形で相当の利益を提供することも考えられます。仕事を休んでいても給料は発生する有給休暇となれば、経済的な利益を提供していると考えられるためです。もっとも、職務発明に報いるための有給休暇となれば、ある程度の期間休むことができる日数が付与されると考えられるため、職場の人手などに照らし検討する必要があるといえます。

 

⑤職務発明を利用する権利の付

職務発明に関して、「特許を受ける権利」を会社が承継し、特許権を取得した場合、発明を独占して利用できるのは、会社です。

本来であれば、それを利用するには、ライセンス契約を締結し、利用料を支払う必要がありますが、利用料を免除・減額する形で、発明者である従業員に利用する権利を与えることで、会社が相当な利益を与えたといえる場合があります。

このような職務発明を利用する権利の付与は、職務発明の完成後、従業員が会社を退職してしまう場合に用いることが考えれらます。

以上のように実質として経済的な利益を提供できていれば、会社が相当の利益を与えていると考えられます。そのため、金銭による利益提供以外による手段も検討できます。

 

(2)相当の利益を確定するために必要な手続き

①必要な手続の流れ

職務発明に関して定める場合、する「相当の利益」を発明者に与える際には、

  1. 基準案の策定
  2. 基準案の協議(★)
  3. 基準の確定
  4. 基準の開示(★)
  5. 相当の利益の決定
  6. 意見の聴取(異議申立手続)(★)
  7. 相当の利益の確定

という手順を踏んで、手続きを行う必要があります。

ここでいう「基準」とは、相当の利益の内容を決定するための基準のことをいいます。

職務発明がなされる頻度が低い場合は、あらかじめ基準案を定めることなく、具体的な基準は、個別の職務発明に応じて、契約書に定めることもできます。また、基準は一つに絞る必要はないため、複数の基準を設けて使いわけるといったことも可能です。

また、「特許を受ける権利」を承継することと必ず同じ書面に定めなければいけないわけではないため、「特許を受ける権利」の承継は就業規則に、相当の利益の内容を決定するための基準については、契約で定めるということも可能です。

以下では、星マーク(★)のあるものについて解説します。

 

②基準案の協議

会社が考えた基準案がそのまま基準となるわけではありません。会社と従業員間で協議を行う必要があります。

ここでいう「協議」とは、相当の利益を決定する基準を作ることに際して、職務発明を開発する従業員やその代表者と会社の間で行われる全てのやり取りのことを指します。つまり、会社が一方的に勝手に決めるのではなく、従業員と基準に関して話し合いを行うことが大切なのです。

 

③基準の開示

開示」とは、基準が適用される従業員が、基準を見ようとしたときにいつでも見られるようにしておくことを意味します。

適切な開示の方法としては、社内専用の情報共有システムであるイントラネットにて公開することなどが考えられます。そのようなシステムなどがない場合については、従業者が見られる掲示板などに掲載したり、基準の書かれた書面を交付したりといった方法で開示を行ってもかまいません。

 

④意見の聴取(異議申立手続)

意見の聴取」とは、相当の利益の内容決定に際し、発明を行った従業員から意見を聴くことをいいます。

意見聴取のタイミングとしては、

・相当の利益の内容を決定する前にあらかじめ意見を聴く
・会社が相当の利益の内容を決定した後に意見を聴く

のどちらでもかまいませんが、相当の利益の決定後に異議申立手続という形で、意見を聴くほうが、手戻りが少なく、また従業員と会社間でトラブルになりにくいと考えられます。

意見聴取を踏まえて、最終的な相当の利益の内容を決定することになります。

(3)相当の利益の額

相当の利益の額は、職務発明の内容によるため、相場としていくらが適切であるということを示すのは困難です。また、出願しても特許が認められない可能性もあります。

そのため、相当の利益の額については、条件付きで一律の金額としたり、変動する金額としたり、様々な定め方があります。以下は具体例です。

  • 職務発明を利用した製品の年間売上高のうち●%を支払う
  • 職務発明を利用した製品の年間利益が●円を超えた時は、●円を支払う
  • 他社に職務発明を利用させた場合の利用料のうち●%を支払う

なお、相当の利益について基準を定めなかったり、定めがあったとしても、手続を踏まえた結果、不合理な基準となってしまった場合、相当の利益の内容は

  • 会社が受ける利益の額
  • 職務発明に対する会社の負担や貢献の度合
  • 従業員の処遇

などを考慮して決めることになっています。

そのため、この算定方法を踏まえて額を算定する基準を作るのも一つの手です。

このように、相当の利益の内容を決定するには、必要な手続を踏まなければいけない点に注意する必要があります。

また、会社には、手続以外にも注意しなければいけない点があります。

 

5 会社が注意しなければいけない事項

会社が注意しておかなければならないポイントは、

  1. 職務発明以外の発明の権利を会社が取得すること
  2. 営業秘密・ノウハウとして保持すること

以上のふたつです。

(1)職務発明以外の発明の権利を会社が取得すること

職務発明以外の発明の権利を会社が取得すること注意しなければいけない一つ目のポイントは、従業者等がした自由発明(職務発明以外のもの)を、あらかじめ契約などで使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めた部分や規程は、無効となることです。

たとえば、とある電機会社において、雇用契約書などで「業務に関わらない発明であっても、電気機器に関する発明については、会社が特許を受ける権利を有する」といった条項があったとしても、従業員が趣味で行った自由発明に関して、会社はその発明の「特許をうける権利」を承継することはできません。

そのため、もし自由発明を利用したい場合は、個別に従業者と協議し、権利を譲渡してもらう、あるいは、ライセンス契約を締結し、利用料を払い利用させてもらうといった対応を取る必要があります。

(2)営業秘密・ノウハウとして保持すること

会社の経済活動の一環で職務発明として発明された技術や物品であっても、特許として登録してしまうと技術の詳細が公開されてしまいます。そのため、発明について、秘匿にしたいと会社が考えることも想定できます。そのようにビジネス上の観点から、非公開にしたものを営業秘密やノウハウと言いますが、職務発明についても、営業秘密としたい場合も予想できます。

このような場合に、発明を行った従業員との関係で会社としてどのように対応すればいいかが問題となります。

この点、職務発明を営業秘密とすることは可能です。この際にも、特許を受ける権利を承継した時と同様に、発明者に対して相当の利益を付える必要があることに注意してください。

6 小括

従業員に特許を取得できる可能性がある研究・開発をさせているのに、職務発明規程を定めていない中小企業は要注意です。

会社施設や設備、研究・開発費用を負担しているのに、特許を取得できないリスクを負う可能性があるからです。

そして、従業員と余計なトラブルを避けるためにも、会社が従業員から「特許を受ける権利」を承継する場合には、相当の利益を適切に支払うようにしましょう。

また、相当の利益の内容については、金銭以外にも複数の選択肢があり、柔軟に選ぶことができる一方で、必要な手続があることに注意してください。

 

7 まとめ

これまでの解説をまとめると、以下のとおりになります。

  • 「職務発明」とは、従業員などが会社が現在行っている事業や将来行う予定の事業に関して、会社からの指示で生み出した発明のことをいう
  • 職務発明規程とは、職務発明に関して社内でどのように取り扱うか定めた内部規程のことをいう
  • 完成した発明は、原則として発明者のものになる
  • 例外として職務発明に関しては、一定条件のもとで、発明は会社のものになる
  • 職務発明に関して「特許を受ける権利」を会社が取得するには、①権利を承継することを契約・就業規則・その他規程などで定めること、②相当の利益を付与することの2つの条件を満たす必要がある
  • 権利を会社が承継することについては、具体的に①契約書、②就業規則、③職務発明規程で定めることが考えられる
  • 相当の利益は経済的利益であれば金銭以外でもよい
  • 相当の利益を確定するためには、協議、開示、意見の聴取など必要な手続がある
  • 他に会社が職務発明に関して注意しなければいけないのは、①職務発明以外の発明の権利を会社が取得すること、②営業秘密・ノウハウとして保持すること、の2つである
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